はじめに Budd-Chiari 症候群は, 肝の血液流出路に閉塞 機転が働いて生 じた特異な肝後性の門脈圧亢進状 態であ り, 肝静脈閉塞のみの狭義の Budd-Chiari 症候群 (いわゆる Chiari 病) と肝部下大静脈閉 塞症に大別 される. 本邦の報告のほとんどは肝部 下大静脈の膜様閉塞症によるものであり, 肝静脈 閉塞のみの報告はまれである. 肝静脈のみの閉塞 例においても, 下大静脈開口部近傍に限局 した血 栓症か膜様閉塞に よるものがそのほ とんどであ る. 今回われわれは, 原因不明でかつ肝静脈のみ に末梢 までびまん性に血栓を認めた Budd-Chiari 症候群の極めてまれな1例 を経験 したので, 文献 的考察を含め報告する. I 症 例 患者: 54歳, 男性. 主訴: 腹部膨満感. 既往歴: 特記事項な し. 家族歴: 姉 ・肝臓病 (詳細不明). 生活歴: 喫煙歴, 飲酒歴, 常用薬剤な し. 海外 渡航歴な し. 輸血歴な し. 現病歴: 昭和62年12月 ころより, 腹部膨満感, 全身倦怠感が出現 し, 慶應義塾大学病院内科を受 診 した. 血液生化学および画像所見より非代償性 肝硬変症 と診断され, 通院加療 していた. 昭和63 年4月 腹 水 の 増 量 とCT上 肝 右 葉 に低 吸 収域 を認 め た ため, 同 年5月 本 院 消 化器 内科 に入 院 とな っ た. 入 院 時 現 症: 身 長161cm, 体 重59kg, 栄 養 や や 不 良, 血 圧120/100mmHg, 脈 拍100/分 整, 体 温 36.8°C, 貧 血 ・黄 疸 な し, 舌 咽 頭 異 常 な し, 口腔 内 潰 瘍 な し, 表 在 リ ン パ節 ・Virchow リ ン パ節 触 知 せ ず, 甲状 腺 腫 な し, 心 音 純, 肺 野 清, 女 性 化 乳房 あ り, 腹 壁 表在 静 脈 怒 張 な し, 腹 部 膨 隆 ・ 腹 水 著 明, 腹 壁 緊 張 し肝 脾 触 知 で きず, 腫瘤 触 知 せ ず, 圧 痛 抵 抗 な し, グ ル 音 正 常, 陰 部 潰 瘍 な し, 下腿 浮 腫 あ り, クモ状 血 管 腫 な し, 手 掌紅 斑 あ り, 神 経 学 的 異 常 所 見 を特 に 認 め ず. 入 院 時 検 査 所 見 (Table 1): 末 梢 血 に は 特 に 異 常 を認 め な か った が, 総 ビ リル ビ ン値, 膠 質 反 応, 血 清 トラ ン ス ア ミナ ー ゼ, ALP・LAP・ γGTPな どの肝 胆 道 系 酵 素, 免 疫 グ ロ ブ リン値 の